岩手・宮城内陸地震の被災地を振り返って。
岩手・宮城内陸地震の被災地から、正午ぐらいに鶴岡にもどりました。現場での携帯からのメールでは大変言葉少なで、失礼いたしました。
まず、残念なことに山形県人の犠牲が発表されています。今般の地震被害で犠牲になられた皆様に対してご冥福をお祈りいたします。
今回は神戸、中越で動いた仲間とのネットワークで、今後のボランティア活動の可能性の調査としての先遣部隊として現場に行って参りました。
途中、ヒューマンシールド神戸の吉村氏と合流し、鳴子町付近からR457を北上。途中から栗駒ダム方面に向かい、駒の湯に行く手前まで行きました。行く途中、R457沿いには倒壊家屋は見当たらず、途中いくつかの石碑が倒壊している現場、学校の途中の崖がくずれている現場、また、水がストップして、給水車にポリタンクで並んでいる市民 の皆さんの様子がみられました。
駒の湯温泉には以前行ったこともあり、また、孤立した地域にはいっている栗駒自然学校では、川のレスキュー講習でお世話になったこともあり、行きたかったのですが、手前での土砂崩れでその先にすすむことができませんでした。マスコミで報道されている土砂崩れの現場を見、そしてその手前にあった栗駒焼きの窯元で、店内にガラスや陶器が散乱し途方にくれているようだったご主人に様子を尋ねながら、2時間ほど、地元の有志の方々と一緒に片付けのお手伝いをおこないました。75歳という陶芸家のご主人は、ずっと造り続けてきた作品を中につめ、火入れ寸前の状態で、窯がくずれてしまった事をとても残念がっておりました。もっていったうちのシュークリームをとても喜んでくれ、ガラスや陶器のかけらが飛び散っていた店内が、ささやかではありますが、きれいになったことにとても喜んでいただきました。作業中の2時間の内、10回以上は余震がきて家の中がビビンと揺れ、そのたびにビクリとしましたが、中にいる住民の皆さんは既になれっこになっているように感じられました。でもあんな状況ではとても安心して眠れるようなことはないだろうと思いました。 余震などが完全に収まって落ち着いてから、窯の解体作業の手作業をボランティアがおこなうような可能性を考えつつ、握手をし、ご主人のいる現場を後にしました。その後、対策本部や様々な現場をリサーチした吉村氏をはじめ、皆さんと一関で合流。食事しながら、1時間ほどミーティング。「今回の被害は山の中に集中している」「震度の割に中越と比べると被害が少ない」などが報告されました。大規模な全国的なボランティアの必要性については今のところ様子をみるといった結論となりました。深夜の帰路、鳴子付近で車中泊。早朝から最上、赤倉温泉を訪ねましたが、「山鳴りと突き上げはすごかったけれど、被害はない」とうかがって安心しました。もどって、管内羽黒方面に取材に。