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沼沢組合長の急死 最上小国川の守り人の遺志を紡いで


小国川の守り人、沼沢組合長の急死。

「日本の名河川を歩く」天野礼子著 2003 講談社 には、全国第二位の名河川として小国川が紹介され、その守り人の筆頭として沼沢組合長が紹介されている。小国川の鮎を冷水病にしてはならないと、琵琶湖産の鮎を断り、小国川産の鮎だけから種苗を育て放流してきた事、そしてダム反対の姿勢が貫かれている事が書かれている。ダムができれば、川の力が落ちる。川の力が落ちれば冷水病も入り込んでくる。と。

一昨日も、昼に今後の協議への対応を如何に行うべきか。沼沢さんから電話がはいり、1時間以上の長電話で色々話あった。その前の日は科学者の会嶋津先生とともに同席して協議した。元気にお話されていたが、しかし、とにかく毎日、休む間もなく小国川を如何に守るか、考え続けていた。
 
その矢先の事。余りにも残念でならない。

 沼沢さんにお会いしたのは、平成12年、小国川ダム建設の話がでてきて地域懇談会が行われている事を知り、会議の傍聴にいった時からだ。治水のための地域懇談会は当時、ダム推進派30人。反対派3名といった構図だった。その後の小委員会は10人の委員の内、9名が推進の意見。1名の沼沢さんだけがダム反対の立場でダムによらない治水論を訴えておられた。お会いして何度か目にご自宅に招かれ、奥様から鮎ご飯を頂いた事を今でも覚えている。その頃から、沼沢さんは美しい小国川を未来に手渡したい一心でダム反対を貫き、小国川の事を考え続けていた。

 昨年の漁業権更新に絡んだダム強要の案件ではさすがに動揺されていた。漁業法ではそれは違法行為であるのに、県はすれすれの線で漁協に漁業権剥奪をほのめかして漁協を協議のテーブルにつかせたのだ。沼沢さんは、言葉を丁寧に選んで対処されていた。漁業権更新が決まってからも、自分の発言や姿勢に何か落ち度はないか、心配されていた。
 ダムに依らない治水を求める漁協の姿勢は終始一貫している。昨年は漁協は36回にもわたる説明を受け、協議を拒むことはしていない。無理矢理「ダム治水を前提とした協定」の話が来た時や「ダム治水を前提とした協議」には応じられないと断ってきたとは聞いている。それは18年に反対決議を上げているから当然の事だ。それを「協議に応じない」と県が表現することはそれこそ不当というものだ。
 沼沢組合長は、協議の場で、漁協の見解を読み上げたと聞く。12月の回答書に書かれた文言だ。

最上小国川の治水対策について

最上小国川はダムのない川であるが故に、ことさら「清流小国川」として広く知れ渡り、最上町と舟形町のかけがえのない観光資源であり、流域の人々に計り知れない多くの恵みをもたらしていることは誰もが認めることであります。
小国川漁業協同組合は、川に生息している魚族の生態系を守る事及び繁殖保護に努めることを使命として、永年努力しております。
 ダムが造られれば、これまでの自然環境に変化を及ぼし、特に河川の生態系に悪影響が及ぶことを回避することはできません。生息している魚族の生態系を守り、これらの増殖保護をを行いながら良好な漁場を維持していくことを使命とし、豊かな自然環境を後世に引き継ぐため努力している私共小国川漁業協同組合は、ダム建設を看過することはできないのです。
 小国川に育っている魚種は、質、量とも一級品として多くの人々から認められ、自然豊かな素晴らしい川として羨望され、たくさんの釣り人が訪れるのです。恵まれた自然環境は、人の手によって造られたものではありません。多く野豊かな漁場があり「清流小国川」として広く世間に認められている大きな観光資源を未来に引き継ぐためにも、最上小国川の治水対策はダムに依らない対策を要望します。


ここに、小国川漁協の姿勢があり、そして漁協にとっての公益がしっかりと述べられていると思う。

昨日朝の記者会見で県知事は、「漁協にはこれまでのプロセスを説明して納得いただこうと思う」などと又、オウム返しのように応えていた。これまでも、ダムに頼らない治水論者を排除し、真っ当な「治水の協議」を阻んできたのは県であり、公益を果たさねばならないのは県なのだ。今、ダム治水には訴訟がおこされ、それこそ「公益」が揺らいでいる。

小国川漁協は、アユだけででも1億3千万円の漁獲高をあげる県内で随一の漁協だ。 「川の力が落ちれば漁業振興ができない。環境に悪影響を与えるダムは看過できない」この事を真摯に沼沢組合長は貫いてきた。だから、今も釣りのトーナメントが7月を超えると年間7〜8回もあり、3万人以上の釣り人が訪れる川 になっているのだ。小国川漁協の大黒柱であった沼沢組合長 こそ、山形県内の水産業の一本の柱である県内内水面漁業における最大の貢献者である。

本来はその優秀な漁業者を守る立場の水産行政職員が、漁業権更新を楯にダム治水を強いる愚かさは何なのかと思うしかない。

そして、赤倉温泉の実情は、中心の旅館が倒産し、他の旅館も老朽化し、できればダウンサイジングしたいと考えているようにも関係者に聞く。先日、元国土交通省の幹部に流域をご覧頂いたが、「赤倉温泉の河道改修に絡めて温泉街の再生を果たすには絶好の機会ではないか」とおっしゃっていた。

こうした事は2011年から議会質疑で訴えているが、県は「歴史的な旅館街を守る」などと答弁などで応え続け、今の温泉街が老朽化した状態や誰が見ても川に迫りだし、自ら危険にしている実態、河川管理上、問題のある構造物を県が河道内に設置し、河床を上げている現状などを見て見ぬ振りをしてきた。違法ともとらえられる建築物を修正し、河川管理の不備を改め、更に世代交代した後も旅館が運営できるように、再生するチャンスと、とらえるべきだと私は考えるし同行した元幹部の方も共感してくださった。

なんども言うが、県は、ダムによらない治水の科学者や知見をことごとく排除し、「ダムによらない治水」には「やれない理由」を都合のいいコンサルタントに書かせてそれを示してきただけだ。
事実、河川整備計画の際、組合長は9人推進の立場に囲まれた中で一人ダムによらない治水を唱え、それを唱えると次の回にはやれない理由をそこに参画していた風間東北大教授など、「ダム治水しか述べない科学者」が述べるなどが続き、不毛過ぎて結果的に漁協が協議を離脱した経緯もある。ダム検証の協議は、滑稽すぎて話にもならないのだが、「河川工学 者」が不在の上でおこなわれている。公共事業評価監視委員会にも「河川工学者」不在。本来的な治水論としての「ダムありき」「ダムによらない」について正当な協議は全くおこなわれていないのだ。

私達は協議の不当性を06年に申し入れている。温泉論の川辺山形大教授も初めは調査に参加させながら、途中からの見解が県の意にそぐわなかったのか、排除され、最終報告書も渡されていない状況だ。そして、「真の治水」を叶えるため、今本先生、大熊先生などの科学者をいれて議論すべしとこの3年前から議会でも要請してきたが、全くそれは無視したままだ。


真実の公益のための治水の協議を妨げ続けてきたのは、漁協ではなく、むしろ県の方なのだ。


誰だ。ホンネを言う事に圧力をかけている輩は。誰だ、心の中にある本当の言葉を発せず、愛想笑いでその場を凌いでいる輩は?

川の守り人、沼沢組合長は、いつもひっきりなしに小国川の事を考え、漁協の事を考え、そして毎年この川に釣りを楽しみにやってくる3万人もの方々の事を考えてきた。そして、流域の幸せづくりのために、未来の世代に何を手渡すかを毎日毎日、考え続けてきた信念と行動の方である。

平成12年から13年あまりのこれまで、先駆者として慕い、時には議論を交えながら、一緒に運動を共にしてきた同士である沼沢組合長。貴方を失った今、未だ信じられない気持ちととても悲しい気持ちで一杯になるが、組合長の遺志を胸に刻み、こうした犠牲まで強いてしまう今の政治や社会の構造の病理を正したい。そして一本の清流を次世代に手渡したい。

心からご冥福をお祈りし、そして誓いたいと思う。

貴方の信念と遺志は継いで参ります。

そして、真に持続可能な未来の流域、山形のために、小国川は必ず守り抜いて見せます。

ありがとうございました。天国から私たちの行動を見守っていて下さい。