真に生命と財産を守る=滋賀県の流域治水条例に学ぶ。
議会報告「パドル」にも掲載した洪水被害や土砂災害対策。私が最も参考にしている実例は滋賀県の取り組みです。
ダムを6つ止めた滋賀県政。かだ知事は真の生命と財産を守る治水政策を掲げ、流域治水条例を制定。
水害リスクランキング、地先の安全度マップの公開、徹底した住民への対話を通じて、「危険なところに住まない」
危険を感じたら迅速に避難するを実践している。
嘉田前知事肝いりの流域政策室には二度訪ねており、二度目はほとんど三時間以上担当者のレクチャーを受け、その後も様々な意見交換をさせていただいている。
本日の朝6時20分ぐらいのNHKテレビで、滋賀県の取り組みが全国版で紹介された。住民に熱心にはたらきかける役所マンの姿が印象的だった。
そして以下、週間現代のWEBで、嘉田前滋賀県知事の告発として、広島土砂災害を例にとりながら流域治水の理念が説かれている。横田一さんの実にわかりやすいインタビュー記事だ。
今、私が取り組んでいる最上小国川の治水についてもこれと全く同様の事がいえる。今注目のダムは何のために造られるのか。赤倉温泉の治水のためだ。この赤倉温泉街にいくとすぐにわかるのが、川にせり出して建つ温泉旅館群だ。県知事はよく「歴史的な景観をとどめた赤倉温泉街」というが、歴史的にどんどん川に近く立地してそれも耐水化どころか、低い堤防の上にちょこんと乗ったような形になっている旅館があったりする。中心の阿部旅館が倒産して一年あまり。周辺の旅館も老朽化しているのがわかるし、そのご主人に伺うと、川にかけて旅館をコンパクトにするなどして旅館群を再生したほうが、次の世代のためになるのではないかと応えてくれた。
流域治水条例の思想でいえば、「危険なところに住まない」を原則に、少し川からセットバックして旅館を再生するほうが絶対に理にかなう治水事業だと思う。
前置きはこの辺にして現代の記事を読んでいただきたいと思います。
嘉田前滋賀県知事が告発 「広島土砂災害は自民政権の人災」
災害リスクは先進国の土地取引では重要事項
「日本人の命を守る」と豪語している安倍首相は、広島の土砂災害の際、のんきにゴルフに興じていて、叩かれた。しかし、この問題は危機意識や緊張感の問題とはちょっと違う。なぜ、日本ではかくも災害が多いのか。それは自民党政権による“人災”だという。前滋賀県知事が語る衝撃の“真相”――。
――広島土砂災害では73人の犠牲者が出ました。安倍首相は集団的自衛権や原発売り込みには熱心なのに、この時(8月20日)はゴルフをしていました。
安倍首相を含めて政権与党が「日本人の命、命」と言うのなら、まず、土砂災害や水害、そして「環境破壊災害」と位置づけられる原発事故から国民の命と財産を守るべきではないでしょうか。何度も安倍首相は「母親と子供が避難する米軍護送船を守り切れないので集団的自衛権が必要だ」とパネルを使って訴えていましたが、いま目の前の災害から国民を守れないことの方が切実です。
災害リスクは先進国の土地取引では重要事項
――安倍首相は自分に都合がいい時にだけ「国民の命」を口にするんじゃないですか?
広島土砂災害は、まさに歴代の政権が戦後一貫して続けてきた「土地持ち階層優遇政策」が招いた人災の側面があると思います。戦後の政権与党の政治と行政の責任といえます。
――どういうことでしょうか?
日本では、政府が国民に自然災害を受けるリスクを十分知らせず、危険な場所に住宅や福祉施設を拡大してきたのです。私は環境社会学者として滋賀県内や近畿圏の過去の水害被災地を調査しました。その結果、水害は社会現象の側面が強いということがよくわかりました。旧住民が経験で知っている水害リスクなどを新住民に知らせることなく、土地を売却して新しい宅地開発などをしているのです。海外の先進国との決定的な違いにも愕然とし、それが2006年、知事選に立候補した動機でもあるのです。
災害リスクは先進国の土地取引では重要事項
――海外は違うのですか?
先進国では災害危険区域を地図に示した「ハザードマップ」が当たり前になっていました。アメリカではハザードマップを参考にして水害保険が運用されていますし、フランスでは「それぞれの土地で過去100年間、どういう水害があったのか」ということを反映したハザードマップが作成され、不動産取引における重要事項説明になっています。ところが、日本はハザードマップを持っていない。大きな河川のハザードマップは平成10年代にようやくでき始めました。しかし、一部の大河川だけで、小河川や農業用水や下水道などがあふれるリスク、あるいは土地が低い場合のリスクをも織り込んだ統合的リスクマップはなかった。滋賀県では流域治水条例を成立させ、「地先の安全度マップ」を作りましたが、これが全国で初めてでした。
――2期8年の嘉田県政の総決算ですね。
災害リスクは先進国の土地取引では重要事項
当初、流域治水条例に多くの自民党県議が反対していました。実はハザードマップは、地価が下がるので土地所有者には不都合なのです。大量の土地を持っている人たちは、どちらかというと古くから住んでいる地主側です。この人たちは水害リスクの高いところは経験的に知っている。知っていて宅地開発業者などに売る。最近は福祉施設などが、リスクが高い地域にできる傾向にあり、大きな問題をはらんでいます。水害のリスクがあるのに知らされずに土地を買わされるというのは、不良品をつかまされるようなものです。行政としても責任を持って安全管理をしないといけない。それで、フランスでは当たり前の「土地取引でのリスクマップの提示」を流域治水条例に盛り込みました。土地取引時には「地先の安全度マップ」を提示する。これを宅地建物業者に努力義務化したのです。9月1日から施行しています。
「地下が下がる」と反対した市長たち
――地主の代弁者が自民党という構図ですか?
政治的にはそのような傾向にあります。そもそもサラリーマン、被雇用者層は、議員になれない、なりにくいのが今の日本の政治体制です。土地持ちの古い保守層は自営業などが多く、政権与党の代弁者という傾向が強いですね。水が氾濫しやすい、水害を受けやすい場には新住民が住む傾向があり、その土地の成り立ちを知らず、水害に遭う。そんな例が日本各地にありました。私は土地を持てるものと持たざるものの間の社会的不正義が許せなかった。それがいまだに構造的に続いている。この不公平が世代を超えて継承される恐れがある。社会的正義感からして許されないことです。
――しかし、条例には反対が多かったのでしょう?
「地先の安全度マップ」を公表しようとした時に「地価が下がる。人心を混乱に陥れるのはいかがなものか!」と徹底反対した市長さんたちが、滋賀県内にも何人かおられました。土地を持っている地主側の人が多かったですね。それぞれに利害をもって判断をされたようで、悲しいことです。
「地下が下がる」と反対した市長たち
――それでも滋賀県はマップができましたが、日本全国を見回せば、マップがない地域ばかりです。
ハザードマップが十分に活用されていない日本の実情はあまりにひどい。これは地主や不動産開発業者ら利害集団に対する迎合政策としか言いようがありません。歴代の政権与党は危険地域に人が住むのを野放しにする一方、リスクが高まった水害対策としてダム建設などハード整備を訴えてきました。確かにある一定規模の水害まではダムは防げますけれども、巨額の税金をつぎ込む必要があり、効果が出るまでに何十年も時間がかかり、自然破壊や集落移転の弊害が伴う。先進国では常識のハザードマップを使って「ここは危ないところですよ」と住民に知らせ、また行政としても土地利用規制や建物規制をした方がはるかに有効なのに、ハザードマップの活用を十分に進めてこなかった。歴代の政権与党は、支持者である地主と業界団体のために人命軽視で非効率な防災政策を続けてきたとさえいえます。そもそも今、人口減少社会になってしまったわけですから、「危ないところには家を造らない。造るのだったら、かさ上げをするとか災害対策をして造る」という合理的な土地利用にすることが重要なのです。
「地下が下がる」と反対した市長たち
――災害危険区域に家が立ってしまっている場合でも、正直に「ここは危険ですよ」と伝えればいい。それをやっていないのが歴代政権であり、となると、「人災」といえる?
政府が15年前に土砂災害防止法を作った時にも同じような議論があった。「警戒区域に指定されたら、地価が下がる」と。土地を利用目線ではなく、販売、商売目線で見る人にとっては、リスク開示は不都合なのです。私は過去30年以上、河川政策と環境社会学を学んで、徹底的に原因調査を行い、何冊も本も書いてきました。欧州やアメリカの河川政策も現地訪問し研究しました。その結果、ダム以外の方法による治水のほうが合理的な場合が多いことがわかってきました。滋賀県が施行した流域治水政策は世界標準では当然です。政治のリーダーは災害リスクを科学的に正しく知って、正しく伝え、正しく備える仕組みを国民運動とすることに旗を振ってほしい。国民、住民も住んでいる場所の自然災害リスクを、自ら知って備える覚悟を持っていただきたいですね。(聞き手・横田一)
▽かだ・ゆきこ 1950年5月18日生まれ、京大大学院、米ウィスコンシン大大学院修了。農学博士。滋賀県立琵琶湖博物館総括学芸員、京都精華大学人文学部教授を歴任し、2006年7月2日の滋賀県知事選に当選。10年再選。12年の衆院選では「日本未来の党」をつくったが、翌年代表を辞任。びわこ成蹊スポーツ大学長就任予定。