憲法違反のクーデター安倍政府を許さない。戦争法廃止!
戦争法 強行採決 2015.9.17〜9.19
憲法破壊のクーデターを忘れない。
現在、憲法違反の政府与党が暴走中
戦争法を廃し、立憲主義、平和主義、民主主義をとりもどしましょう。
2015年9月17日。言論の府、良識の府と称されていた「国会、参議院」。「戦争法案」安保法制を議論する参議院の委員会の場で、自公与党による「人間かまくら」がつくられ、暴力的に「戦争法」(平和安全保障法制)が強行採決された。私はこの夏、「戦争法」に対して絶対反対を路上で唱え続けてきた。私が反対している論拠を述べたいと思う。この戦争法は、歴然とした憲法違反であることはいうまでもない。そしてアベ政治の暴走については新聞、テレビ、週刊誌やインターネットなどで周知の事と思うのだが、改めて下に記すことにする。
1)そもそもこの法律が一体なんのための法律なのか。立法事実がない「戦争法」
必要性や正当性を裏付ける客観的な事実、根拠である「立法事実」が国会審議の中で失われてしまっている。ホルムズ海峡での機雷掃海は安倍首相自らが「現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的に想定しているものではない」と認めた。また、紛争国から避難する日本人のお年寄りや、母親と乳児を輸送する米艦船防護については、「邦人が乗っているかどうかは絶対的なものではない」と中谷防衛相は述べ首相も同調した。
2)集団的自衛権 行使が合憲であるとする根拠は全くない。
安倍首相や政府が主張する砂川判決、47年政府見解は、集団的自衛権のなんら論拠にならないことが判明している。(http://blogos.com/article/112973/)また、端的に集団的自衛権とは、「他国(同盟国)の戦争に加担すること」である。それ以上でもそれ以下でもない。又政府は「限定的」集団的自衛権」などと主張するが、実際の戦争の実状からすれば非常識な話。後方支援とか兵站は、敵国から見れば全くの軍事的武力行使と同様にとらえられ、格好の標的になる。国際法上でも「限定的」集団的自衛権などありえないとの事である。
3)安倍総理が言う「積極的平和主義」は本来の意味と真逆
米国との軍事同盟を強固にすることによって抑止力が高まり、北朝鮮や中国からの脅威に備えることができると安倍政府は主張する。しかしながら、軍事の抑止力でテロは防げるのか? 米国と一体とみなされれば、テロの脅威は日本国内にも広がる。つまり国民へのリスクが高くなると考える方が自然だ。それを政府は誤魔化し国民のリスクは高まらないと主張し続けている。「積極的平和」の概念を創出したノルウェーの平和学の祖 ヨハンガルトゥング博士は、本来の「積極的平和」とは、貧困、抑圧、差別などの「構造的暴力」がない状態のことをいい、決して「テロとの戦い」に勝利して、脅威を取り除くようなことではないと説き安倍総理の「積極的平和主義」は盗用と評している。
4)「憲法守って国を守らないのか?」の矛盾
北朝鮮、中国の脅威について、安倍政府、自公与党、その支持者達は煽る。そしてその脅威から国民の生命と財産を守る為に「集団的自衛権」が必要と説く。しかしそれはまるでショックドクトリン(脅威を煽って評判の悪い政策を実現する)のようではないか。北朝鮮が本当にミサイルを飛ばしたら、米国や国連により壊滅ということになるだろう。そして中国については、米国とも日本とも経済的な関係性が密な関係にあり、一部尖閣などの問題から紛争に陥るなどということは米国も望んでないということが知られている。憲法を守り、日本が専守防衛に徹する限り、むやみに攻められることはないというのが今の現状であると言う見方を私は支持する。「他の国のために武力行使するのが集団的自衛権であり、そこに「限定的」などと言いのけることは詭弁でしかない。米国がおこなう戦争に後方支援や武器弾薬の補充や兵站で加担する、集団的自衛権を認めれば、現場へ赴く自衛隊の命のリスクは確実に高まる。そして敵国となる国からみれば米国と同等に見なされ、テロなどからの脅威は国民全体に及ぶことになる。
5)立憲主義の破壊は、法治国家が破壊され独裁政治に向かこと。
平和憲法があり、憲法による政治権力の縛りがあったからこそ、私たちの日本は戦後70年間によって文字通りの平和が守られ続けてきた。この縛りを破る憲法違反の法律は絶対に認められない。そもそも憲法は、国民の自由と人権を守るために、国家権力を縛るルールであり最高法規である。そして310万人もの先の戦争の犠牲の上に成り立ち二度とあの惨禍を繰り返さぬように国民が成立させた最高法規である。我が国は歴代、これまでこの憲法の下に政治が行われてきた立憲民主主義国家だ。安倍政府の政治は、内閣法制局長官までも自分の意のままに操り憲法の解釈を変更した。まさに昨年7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定、そして今般の「戦争法」の重要点は、集団的自衛権を認めるものであり、憲法を越える。9月17日から19日までの国会は、これまでの立憲主義や民主主義、平和主義が破壊されたクーデターだ。日本は今、法の下での政治である法治国家ではなく、「私が言うんだから間違いはない」などとおごった態度の総理大臣、いわば人の下での政治、人治国家にしようとする政府により国民がコントロールされようとしている。まさに独裁主義政治に成り下がっている。自民党の憲法草案は「憲法によって国を縛るのではなく、憲法によって国民を縛るトンデモナイ代物だ。今後、アベ政治は改憲に向かって突き進むのかもしれないが、改めて、現憲法の正しさを租借し伝えること、そしてあくまで近代民主主義国家の立憲主義の常識を伝えていかなければならない。
いずれにしても、このナチスのような暴走政治に歯止めをかける事が必要です。立憲主義、民主主義、平和主義を取り戻し、戦争法を廃止にし、アベ総理を退陣に追いこんでいきましょう。