中越震災 災害ボランティアの次の姿を考える。
読売新聞 23日朝刊に、私の投稿した「論点」が掲載されました。みなさんのご意見をお待ちしております。
災害ボランティア 「調整役の専門家が必要」
新潟県中越地震の発生から二か月がたつ。現地で活動する災害救援ボランティアの数は、これまでにのべ約五万人に上ると聞いた。私もその一人だ。阪神大
震災の時、被災地で山田和尚(現 成雲)氏、木村とーる氏ら、数人の仲間とらと「神戸元気村」を結成、会社員を辞めて、救援活動に三年間没頭した。その経験を生かして、当時の仲間と、地震発生翌日には小千谷市に入り、避難所そばに活動拠点、「中越元気村」をつくった。
刻一刻状況が変わって、命が失われる危険が迫ってくるのが被災地だ。犠牲者を一人でも減らすため、行政とはまた違ったやり方で、柔軟に対応し俊敏に行動するというのが、「元気村」の信条。車内泊でエコノミー症候群の犠牲者が出始めたころ、全国からキャンプ用テントを七百張りほど集めて、ペットも一緒に暮らせる「テント・プロジェクト」を展開した。避難勧告が出ている地域の住民に一時帰宅が認められた時は、ボランティアが同行して、冬支度の手伝いをする「村おこし」隊を組織した。
いま「元気村」は、こうした様々なプロジェクトごとに自発的に集まった人々によって運営されている。地域住民に信頼される人間関係を築きながら、スタッフはテント暮らしを続けつつ、二十四時間体制で取り組んでいる。
「ボランティア元年」といわれた阪神大震災から十年の今年、各地で豪雨や台風、地震の災害が相次ぎ、ボランティアの出番が増えた。七月の新潟・福井豪雨災害では、家屋の床上五十?を超えて堆積した泥をバケツリレーで運び出すボランティアの姿がクローズアップされ、、災害時のボランティア活動が再び注目されることになった。
そうした中、被災地のボランティア活動の課題も段々とみえてきた。ボランティアが効率的に作業できるようにコーディネートする専門家の必要性である。
大規模な災害では、地元の社会福祉協議会が中心になってボランティアセンターを運営するようになった。しかし、災害によっては、経験やノウハウが不
足し、外部のNPO(非営利組織)との連携や共存が有効なケースも少なくない。災害の種類や土地柄などに応じて、迅速にかつきめ細かくボランティア活動をコーディネートするには、それを職業としてやれる専門家が絶対に必要だ。
神戸での救援活動の後、米国カリフォルニア州のバークレーのNPOでインターンを経験した。そこでは、「ボランティア・コーディネーター」という職業が立派に成り立っていることを知った。さらに、そうした専門家が、災害発生時の指南役として社会的に位置づけられ、米国のFEMA(連邦緊急対策庁)のスタッフに登用されるなど、政府とNPOの間の人事交流も盛んだと聞いた。
また、日本では、災害時の義援金のほとんどは被災者への直接給付に充てられるが、米国では、その多くが、現場で活動するNPOのプロジェクトに使われる。行政とNPOの「協働」では、情報をいかに共有するかが課題だが、こうした資金面での後方支援も、災害救援のボランティア活動を活発化していくことは言うまでもない。
先日、新潟の被災地に雪が舞った。今後、雪害対策の取り組みが本格化する。仮設住宅支援は超高齢社会のモデルであり、山間地での活動は中山間地の集落
の生き残りを左右する。ボランティアにとってもこれからが正念場だ。
■なお、年明けにjucee(日米コミュニティエクスチェンジ)のご協力により、米国の災害支援NPO、 CARD の事務局長 アンナマリージョーンズさんが来日、1月10日には中越地震現地の活動を案内し、16日には神戸で恊働のフォーラムを行います。「災害支援、恊働のあり方を考える」一歩を中越と神戸でおこないます。どうぞご参集くださいませ。