福祉車両の事故多発。デイライト運動で交通安全を
デイライト運動てご存知ですか?
自動車を運転するとき、昼間にライトアップして走りましょうということ。
実は県議会でも文教公安委員会や交通安全関連の会議で提言をしていたことでもありました。結構各県の事例も調査して私のスウェーデンの体験も交えて提言をしたのですが反応はイマイチでした。
今、うちの施設でもはたらきかけ、実践を始めているところです。僕自身は以前からデイライトやっています。「パッシング」もされるし、たまーに消し忘れてバッテリーもあがったりしてますが。
昼間にライトアップすると視認性が高まり、もらい事故の軽減になるということ。そして自分自身の意識付けにもなるということなど、諸々効用はあるようです。実際に運送会社などで先駆的に取り組んで事故軽減に役に立っているということも聞いていました。
デイライトでびっくりしたのは、スウェーデンに行ったときの事です。なんと昼間、走っている全部の車がライトアップしていたのです。大通りも小道も、小型車両も大型車両も全部です。「すばらしい運動ですね。全部ライトアップしているのですね」とスウェーデンの知人に言ったら 「え、いや、実はスウェーデンの車両にはライトを消すスイッチがないのです。エンジンがかかっている間はいつも点灯しているのです」とお話いただき、更にびっくりしました。「へえ」百回でした。
カリフォルニアでNPOインターン していたときも、あのカリフォルニアの真夏の炎天下の中でデイライトで走っている車が結構ありました。「レンタカーや、新車とか運転に自信ないとか、ぶつけられたくないと思う人は結構デイライトだね。僕も君らをのせているからデイライトだよ」とお世話になっていたスタッフが教えてくれました。
最近アウディなど外国車や国産車でもLEDのランプが昼間ついている車が増えました。これもその一連のようです。
で、今日、ちょうど黒猫ヤマトさんが配達に来たのでちょっと伺ってみました。「デイライト運動、すばらしいですね。どんな成果があがっているんですか」「へえ?」「え」「点灯する運動やってますよね」「あ、デイライトですか。これは運動ではなくてルールなんです」「巻き込まれ事故などの軽減などいろいろメリットがあります」と返され、「へえ」と感心しました。もう「ルール」なのか。へえー。
最近、介護の送迎車の痛ましい事故が増えているようです。ヤマトさんにならって、「ルール」にするぐらいとりくんでもいいなと感じました。
まずは、うちの施設からやっていきますか。
月山8号目までのシャトルバスの社会実験の打ち切り?ーまだまだ検討が必要だ。
この月山8合目までのシャトルバスは、私が県議会にはいって、年に2度ある庄内支庁の幹部との議員協議会の2011年2回目で取り上げ、提言を続けてきたものだ。佐藤前支庁長の下で問題意識が高まり、先例の調査がおこなわれ、25年度から実際にシャトルバスを運行して利用者の反応などを確認する社会実験がおこなわれてきた。社会実験の際には、一昨年も、そして昨年も早朝から月山高原牧場付近の現場に立ち会い、状況を観察、利用者の反応を確かめてきた。そもそもの提案は、8合目までの道路で7月終わりの繁忙期、大型バスの脱輪事故で全く身動きできなくなりたくさんの観光客に影響を与えた事があり、その要望を羽黒の方々や観光関係者から伺っていたことと、自分自身も上高地のシャトルバスを利用したことがあり、多くの山岳道路では当たり前のようになっている実感があった事がある。
実際の利用者の声がこの記事ではわかりにくいが、僕が伺った印象では、「高齢になってからこの道はすごく不安だった、シャトルバスがでていて安心した」「他では当たり前になっている」など、女性、高齢者、そして初めて訪れる方、外国人ドライバーなどにはすこぶる好評といった感があった。また、月山高原牧場ハーモニーパークを基点としてシャトルバスを動かしたわけだが、ジンギスカンハウスなどの利用も含め、パークでのイベントへの参加などを促せる効果があるのではないかと感じた。その社会実験がたった2年で打ち切られるとはあまりにも残念だ。費用面のネックといっても支庁試算の片道1500円弱というのにはまだまだ複案があるはずだ。この記事だけでは詳細はわからないけれど、前支庁長がやり始めたときの熱を失っているような気がしている。出羽三山観光の要である月山の観光政策の一つ。更に社会実験をおこなって検討をし続ける事が必要なのではないだろうか。あきらめずに運動を続けていきたい。
本日51歳になりました。介護の現場で半年。ユマニチュードと人間の力。
FBを通じて、本当に数多くの誕生日おめでとうメッセージをありがとうございます。なんとも照れますが本当に嬉しいです。
まだまだ修行が足りない、まだまだ、まだまだ、と思いつつ、これまで歩んできてあっという間に51歳。県議落選後、これも修行と研修を受けて介護施設の現場にはいって半年。今しがた本日の仕事を終えたところです。
今日、利用者のお一人のご家族から「今日も行く気がしないと本人言っています。家族がはたらきかけても全く駄目。怒ってしまうばかり」との連絡が朝入り「でも声をかけてみましょう」とお宅を尋ねました。さあ、と最近お手本にしているユマニチュードのイブジネストを意識しつつ遠くから視線を交わしてご本人の目の前へ。「皆さんAさんが歌う「白いブランコ」をほんとに楽しみにしているんですよ。今日は天気もいいし、いきましょうよ。と手に触れながらお願いしてみました。しばし困惑気味でしたがなんだか笑顔になって、腰をあげてくれました。
「最近お家では何してますか」と何気なくご家族に伺うと「絵を描いています」とご家族、「え、どんな?」「これです。」
「え!?」スケッチブックに描かれていた絵の表現力とタッチの美しい絵にびっくり。
その後、笑顔で送迎車に乗ってくださったAさんをお連れし、施設に到着してからスケッチブックと鉛筆をお渡ししてみました。そこですらすらと描いてしまったのがこの絵だったのです。
その絵を一目見た施設内のスタッフや利用者みんなで「凄い!すばらしいね!Aさん」の大合唱。92歳のAさんは涼しい顔でもう一枚の絵を書き始め昼食までの時間に完成させました。さらさらとただ、スケッチブックの白い紙をみつめつつ、全くの空想で。どうぞご覧下さい。なかなかの絵心ですよね。Aさんは戦時中通信兵で活躍した後、シベリア抑留からの帰還のお一人。「終戦から4年も帰れなった」というのが口癖の方です。 この半年、こんな力をお持ちであることに気がつかず、塗り絵なんかをさせてしまっていた事に大反省。でも、我々の利用者の方々への向き合い方、接し方によっては、普段は隠れているかもしれないそれぞれの方々が持っている素晴らしい能力を発揮していただける現場である事を再確認させられた一日でした。
以前クローズアップ現代のユマニチュード特集で、イブジネストさんが最後にこう語っていた事を思い出しました。
「本当に、光を与えてくれるような人たちなんです。私たちが何か施せば、それの100倍返ってきます。」
立憲主義が解らないアベ政治ムラ
立憲主義とは?
安保法制、集団的自衛権の問題でさかんに問われているのだけれど、一体なんなのか、
今や総理大臣自らが妙な解釈をしてどんどんこの立憲主義から逸脱をしているし、更に
憲法改正をとにかくやるのだと、主張し続けている。国会審議では「弱々しいだの自分たちは強いだのという言葉を使って、野党を牽制しながら、正論ぶって奇妙な主張を貫いているのだ。
先週の民主党の大串議員の追求でアベ総理の危険な憲法感が明らかになった。
安倍総理はこれまで現行憲法について「GHQに押し付けられた」
「日本人の精神に悪い影響を及ぼしている」
「憲法前文はアメリカへの詫び証文」
「(立憲主義に対しては、古色蒼然」などと発言をしている。以下、大串議員のパネルにひとまとめてしてあった。
この中で、憲法について総理は、
『左翼傾向の強いGHQ内部の軍人たちが短期間で書き上げ、それを日本に押しつけたものである』
と言及していた事を示し、今も同様の考えかを大串議員は尋ねた。
総理は
安倍総理「これは、日本が占領下にある中において、まさに当時は連合国のGHQ、司令部がある中において、日本国といえども、いわば当時の政府といえどもこの意向には逆らえないわけでございます。その中においてこの憲法がつくられたのは事実であろう、こう思うわけでございます。
そして、極めて短い期間につくられたのも事実でございます。その事実を事実として申し上げた。こういう事実を事実として申し上げることができないという言論空間をつくること自体が私は間違っているのではないか、このように思います」
安倍総理「端的にお答えをいたします。いわば、これは幣原喜重郎内閣でございましたが、ここで憲法をつくるということになった。そこで、松本烝治氏が担当の大臣になって、いわゆる甲案、乙案というものをつくったんです。それを、先ほど新聞名が挙がりましたが、毎日新聞がスクープしたんですね。西山柳造という記者がこれをスクープしたわけでございます。
そして、それを見て、GHQは、これは絶対に受け入れられないという中において、ホイットニー当時の准将がケーディス氏に、民政局の次長に指示をして、約8日間で25人の委員でつくったのは事実だろうと思います。そして、それが草案になったところでございます。
そこで、私が大切にしているところは、やはり私たちの憲法なんだから、この中において、もちろん、平和主義、国民主権などなどありますよ、基本的人権、そうしたものは守っていかなければいけませんし、これは貫いていく必要があるんだろうと思います。
そして、それは私も今まで評価もしてきているわけでございます。ただ、形成過程がそうであったという事実は私たちはしっかりと直視をしなければいけない。歴史を直視しろというのはそういうことなんですよ。
などと答えている。
安倍総理の主張はあたかも毎日のスクープがけしからん。そしてGHQがつくったのがけしからん。といっているようだけれど、ゴマかされてはならない。ここでけしからんのは、戦争で人権を奪い、多くの犠牲を強いられながらも、新たな憲法案として、主権在民もはいっていない、明治憲法とほぼ同様のものしかまとめられなかった、当時の政府の憲法のとりまとめ役、松本烝治氏らのほうだろう。むしろ、鈴木安蔵先生ら、7名の憲法の民間研究者からなる憲法研究会が1945年12月26日に「憲法草案要綱」をつくっており、当時のGHQはそれを大いに評価し、戦争放棄、国民主権、人権を踏まえてその理想を掲げて草案をつくりあげている。その後、国会で森戸辰男氏が「生存権」を提言しそれが追加されてできたのが日本国憲法。
だから何も「短い間にGHQにつくられた」からって、駄目な憲法ではない。ある意味、普遍的な人権や自由や平和について定められているものなのだ。軍事下治安維持法で圧力をかけられていた日本国民は本当の事を言う事が怖くてできないといった社会だった。そうした社会を払拭し、国民全員に自由と人権をもたらす重要性からみてば、実に優れた文章であることがわかるはずだし、松本案でなくて良かったと心から思えるはずなのだ。
あたらしい憲法の下、戦争を絶対に二度と引き起こさない、人権が守られた真っ当な国づくりを国民主権で立ち上げる。ここに立憲民主義の歴史がはじまっているのだ。
この動きを左翼傾向の強いGHQ内部の軍人たちが短期間で書き上げ、それを日本に押しつけたものである
とはどんな解釈なのか。これは一国の総理大臣として恥ずかしい。
それと、
立憲主義についての解釈があまりにおかしすぎる。
国の権力を憲法によって縛るという立憲主義について、「専制主義的な王政があった時代のもの」などとしている。それで「古色蒼然」との決めつけが行われている。ここが根本的な間違いである事がなぜ解らないのだろう。民主主義で議会も存在したドイツで、ナチスヒトラーが犯したユダヤ人大量虐殺の実態はどうか。そして世界大戦に突入した日本の戦前、あの時も国会があり王政の時代などではなかった。しかしドイツでも日本でも権力者達は平気で国民の基本的な人権や自由を奪い、大量虐殺や、特攻などで国民の命さえも奪うことを平気でおこなっていた。
民主主義で多数決で物事を決める時代にあっても、国民の基本的人権や、平和、自由を乱す法律はつくれないし行使できないという縛りをかけているのが近代、現代立憲民主主義国家の当たり前の姿なのだ。
真に、国民や市民を理解しない総理大臣だから、立憲主義がわからないのだろう。
立憲主義は、国民が憲法によって権力者たちを縛るもの ということは普遍的な原理原則だ。
自民党草案は、その縛りを権力者たち側から解いて、逆に国民に義務を多く課して権力者たちが国民を縛るというアベこべのものになっている。
立憲主義も全く理解せず、むしろ曲解している輩が暴走しているにすぎないのだ。
主権者たる国民である私達は、私たちの自由や権利を守るためにつくられた憲法を乗り越えて政治を行おうとしている権力者たちを厳しく糾弾し、それを阻止しなくてはならない。
70年前の第二次世界大戦では、310万人もの国民が犠牲になった。それを教訓に憲法を定め 世界に二度と戦争を引き起こさないことを誓い、自由と人権を国民全員に行き渡らせようとした。その根本精神を絶対に忘れてはならないのだと思う。
マイナス金利導入ー情報漏洩の疑惑とリスク。安倍首相の財政状況の無知。
2月3日の国会審議、財政リスクについて問いただした民主党 玉城議員の質疑。が興味深かったので取り上げます。
先ずは「日銀のマイナス金利導入情報が事前に情報漏えいされていた疑い。」について
ブルームバーグで以下、記事がでていました。貴重な記事だと思いますのでピックアップしておきます。
(以下ブルームバーグ):日本銀行は、1月29日の金融政策決定会合をめぐってマイナス金利導入をめぐる議論が発表前に報道されたことについて、事実関係の調査に入った。
黒田東彦総裁は3日の衆院予算委員会で、「憶測に基づく報道である可能性も含めて、現在、事実関係を調査している段階だ」と答弁した。具体的には「議論の内容を知り得た日銀の役職員、および政府関係者を対象として、決定会合開始から報道がなされた時刻までの間、当該報道機関の記者と接触した事実の有無を調査している」と述べた。麻生太郎財務相は日銀の調査を見守ると述べた。玉木雄一郎氏(民主)への答弁。
1月29日の金融政策決定会合の結果発表は午後0時38分だったが、日本経済新聞(電子版)は同0時31分の会合終了前に「追加的な金融緩和策としてマイナス金利政策の導入の議論に入った」と情報源を示さずに報道。原油安や中国経済の減速で世界経済の先行きへの不安が強まり、国内の景気や物価でも下振れ懸念が高まっているためとした。報道を受けて円の対ドル相場は急落、日経平均株価は急騰した。
日銀の熊谷任明広報課長はこれより先にブルームバーグの取材に対し、「まずは憶測に基づく報道であるかどうか含め、状況をよく点検していきたい」と話していた。日本経済新聞の広報担当者は、電話による取材には応じられないとして、質問をファクスで送るよう求めた。
米国では司法当局が調査も
会合には通常、黒田東彦総裁をはじめ政策委員9人と日銀事務方、財務省と内閣府から各1人が出席する。採決が済んで会合が終了すると、広報室に詰めている記者に発表資料が配布される。この日、記者に資料が渡されてから10分経過しないうちに結果発表となった。記者は解禁時間まで外部と連絡することはできない。
三菱東京UFJ銀行の関戸孝洋ジャパン・ストラテジストは情報漏れがあったなら「相当まずい問題だ」と指摘。UBS証券の青木大樹シニアエコノミストは、「こういった情報漏えいが続くと、マーケットの中でマスコミへのリークさえ見てれば良いという見方を構築することになる」と話した。
海外の中央銀行も情報管理をめぐって問題を抱えている。米連邦準備制度理事会(FRB)は2011年7月にガイドラインを出し、政策当局者は連邦公開市場委員会(FOMC)のほかのメンバーの見解を説明したり、非公開の会合について議事録で公表された以上の内容について発言しないよう求めた。
2012年10月のメドレー・グローバル・アドバイザーズへの情報漏れの事案では、少なくとも下院に加え、FRBと米司法省の共同調査が入る事態となっている。
以上、http://www.bloomberg.co.jp/bb/newsarchive/O1WXB66S972K01.htmlーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●この案件について玉城議員は、法整備について提案するも、麻生大臣は「道義的な話が一番、その上で法的に考えるなどと答弁した。
「マーケットの完全性が揺らぐことは我が国全体の金融市場の信頼に関わる。如何に管理するかが重要なことだ」と指摘。
更に、黒田総裁は、1月28日に国会で「マイナス金利」については検討しない」と、明確に答弁していたが今回の「導入」の発表となった事について指摘、
「日本銀行総裁はウソをついてもいいんですか?」との質問に対して黒田総裁は、ごにょごにょ言って全く答えなかった。
マイナス金利は、初日だけ機能したようだが、現在地方銀行の預金金利がさがるなど、地方経済への悪影響のリスク が懸念される。
更に、金利の見通しについても黒田総裁に質問。すると、「物価安定目標が実現されれば、長期金利は上昇する」と答弁した。
比較的短期の間に金利があがると地方金融に影響する。このままだと、無責任にばくちのような金融政策に国民を巻き込むことになるのではないか。と玉城議員は指摘した。
その後、税収の「上ぶれ」と「底上げ」について質問。 安倍首相はアベノリスク効果の「底上げ」について全く答弁せず結局「上ぶれ」「底上げ」の違いが全くわからなかった。
玉城議員は、「結局上ぶれといっているがリーマンショック以降下ぶれしたものがもどったにすぎないのではないか。」と指摘。法人税が増えているなどと首相は答えたものの、どのぐらい法人税が増えたかは答えられなかった。「底上げはいい加減」だと玉城議員は指摘。
更に第一次安倍政権の平成19年と現在とでどのぐらい社会保障関係費が違っているかを尋ねられた安倍首相はこれも全く応えられなかった。
玉城議員は以下のように結んだ。
「51兆円の税収が同様の内、平成19年 21兆円。今年32兆円と11兆円も増えている。そのうち消費税でカバーされるのは6兆円。そのほか、国債関係費3兆円増えている 子育て関連費0.3兆円見つけてこなきゃいけない。 TPP関連0.2兆円必要だ。ちょっと下ぶれしたから新しい歳出につかっていたら財政再建なんてできないじゃないですか。安倍総理は今のような答弁。あまりにも財政状況に対して無知であることがわかりました。」「 安定的な財源も確保しないで 歳出だけ約束するような事をやめないと日本の財政はよくならない」と。
この後、質問もされていないのに安倍首相は逆ギレして全く説明にもならない演説をして国会は騒然となっていた。
アベノミクスはアベノリスクといわれる。政治と金融が一体となって国民を騙し続けているような気がしてならない。
日本の河川の民主主義
1991年。東京でデモがあった。当時、全国に残るダムのない一本の美しい大河、長良川を守ろう。河口堰建設反対!を訴えるものだった。写真は東京デモの宣伝看板。当時26歳の僕が生まれてはじめて参加した初めてのデモだった。天野礼子さんや椎名誠さん、野田知佑さん、夢枕獏さん、立松和平さん、近藤正臣さん、CWニコルさんらがよびかけていた。僕らはその後、毎年、時には年に数回、長良川現地の河川敷でカヌーデモや大規模集会に結集した。カヌーデモの仲間で長良川や気田川、那珂川を毎週のように下るのが当時の唯一の楽しみだった。 長良川の河口堰は建設されたけれど、この長良川の闘いを教訓に1997年、河川法が変わった。住民参加と環境が加わった。住民投票運動で吉野川の河口堰建設は住民が止めた。いくつかのダム建設は止まった。このときも一人一人の市民の力は微力だったかもしれないが、一つの社会現象をつくりだし、良心のある官僚の心を動かし、頑固な国の政策を変えたのだ。
しかしながら河川には、原発推進の原発ムラがあるように河川ムラがあるようで、川の民主主義を未だ羽交い締めする。多数工作により科学的真実が未だにねじまがっていて、真実の言葉を排除してしまう政治がまかりとおっている。手遅れになる前に真実を多数化しなければならない。戦後70年の立憲デモクラシーも、平和主義も、今大きなピンチを迎えている。今、空気に流されず、真実を見、信念をもって行動すること。か。
ちなみにキャンプが得意なカヌーデモ仲間は95年阪神淡路大震災の現場にも当初に駆けつけてくれ、実に頼りがいがあった。災害の立て直しも世直しも同じなのだ。今もかけがえのない仲間だ。写真は今も行動を続けている仲間がUPしてくれた。僕もがんばろう。
立憲か、非立憲か。しっかり正すべきだ。

新春探鳥会と自然保護運動
2016年1月2日。午前6時。大山 下池。毎年恒例の探鳥会にでかける。太田威さんがおられた。1998年帰郷の際太田さんと一緒に行ったのが下池から流れる小川からの生き物救出作戦だった。その後、都沢湿地7haが加茂新トンネルで造成される事を止めるために立ち上げた尾浦の自然を守る会の活動。その活動の中で私達は日本雁を保護する会の呉地さんや岩渕先生と出会い、ラムサール条約湿地指定の情報を知り、それを市議会ではたらきかけたりした。当時は2800羽のオオヒシクイ(天然記念物)と鴨60000羽。などが特筆すべき野鳥の飛来があり環境省重要湿地100選やラムサール条約指定湿地としても申し分ないものだった。その運動の傍らではじまったのが毎年新春の探鳥会。以前はオオヒシクイが明け方直前に飛び立つのを楽しみに集まっていた。僕は何度か力強い飛翔を見て感激したし、時に寝坊してそれを逃してしまった時は実に悔しい思いをした。
今日は穏やかな日だった。水野さんやいつもの方々が集まり、それぞれ双眼鏡で野鳥を観察。白鳥が湖面全体に拡がっていて鴨がたくさんいた。「鴨の中に、ミコアイサ、カワアイサが数羽混じっていて見ることができた。お、いたぞ、●●●●」という声に一斉にそちらに双眼鏡をむけるとしっかとそれは視界に収まった。昨年はオジロワシが姿を見せた。今年は暖かすぎて厳しい。残念ながら雁類が力強く飛び立つシーンは無理だったが途中、二羽だけオオヒシクイが湖面を横切ってこれは見ることができた。
太田さんと水野さんに昨今の自然の状況を伺う。太田さんは海洋環境の問題を指摘した。鱗がはがれたようになっているクロダイを何匹も発見したとのこと。太田さんは環境ホルモンやマイクロプラスチックの話題を挙げ海洋環境の変化を指摘された。尤もだなと感じた。また大山周辺の森林伐採の中で貴重な草木が伐採されたりしている事も知ることができた。自然豊かな鶴岡であることは確かだ。しかしこの足下の環境も実は昔ながらの姿がどんどん消滅してしまっているということだ。
持続不可能への道は知らず知らずのうちに進んでしまっているのだということ。
そして、太田さんや水野さんのように実態把握をしっかりと行い、行政施策に対してしっかりともの申すことの重要性を改めて感じた。一度失っては二度ともどってこないのが自然環境なのだ。そもそも僕が志した政治の立脚点はそこにある。
数年前に地元の理解者がでてきたのと、行政担当者も学んでくれたようで、大山下池上池のラムサール条約指定は叶った。湿地公園をワイズユース(賢い利用)するための「ほとりあ」も建設され、今いろんなイベントがおこなわれている。県議時代に生物多様性の地域戦略について諸々行政担当者と意見交換してきた。開発行政の前でなかなか規制や縛りをかけることが難しいことを実感した。しかしながら、今、改めて言いたいのは,愛知会議で決議されたようにこれ以上生物多様性が失われないように、むしろ生物多様性が+にはたらくように行動する事が求められているのだからせめてノーネットロスを大原則にしなければならない。太田さんや水野さんのような先輩が庄内にいたから守られてきた自然環境があるということを改めて感じなくてはならないし、そしてそうした方々の偉業を僕は伝え、そしてその継承をしていかなくてはならないその使命を感じた。
持続可能な地域社会を目指す、みどりの政治の一つの柱は、生物多様性の保全 ノーネットロス。ここに僕は立つ。改めて再認識できた本日の探鳥会だった。
2016 1.1新春に。水の如く
2016年 皆様 明けましておめでとうございます。
大晦日と年明けは出羽三山神社の松例祭。今年は全く撮影だけと思って行ったのでしたが補屋に行くと「今年は?え、走らないんですか?」と諭され、ウケタモウとなり大松明引きの一員に。とにかく一生懸命走りました。まだなんとか走れる自分にちょっと嬉しさを感じつつ終了。新しい年が明け、その後国分神事。穏やかな夜。結構な参拝者がいらっしゃいました。後で伺いましたが観光バス七台も来ていたとのこと。いつもながら素晴らしい祭り。そして3時から合祭殿で歳旦祭に参列、玉串を奉納し今年がスタートしました。
昨年2015年4月。再選を期した山形県議会選挙で落選。暗中模索の中、介護職員初任者研修を受け、8月から定員12名のデイサービス「ハビビ伊勢原」の管理者・生活相談員として介護現場で修行中。ケアの傍ら戦争体験など、大先輩の皆様からもう一つの鶴岡を学ぶ日々です。
9月の安保関連法「戦争法」の強行採決。福島が収束しないままの原発再稼働。戦後70年にして、憲法違反の安倍政治の暴挙が続いています。権力が操作する「空気」に支配され、この国は戦争をはじめ、持続不可能な社会へ突き進んでいるように思えてなりません。
この「空気」に対して、私は、改めて水のようでありたいと考えます。
常に真実を流れ、時に熱を冷まし岩をも砕く水に。
今は現場に徹し力を蓄え、自然と共生、いのち優先の持続可能な鶴岡へ、一歩前進して参りたいと存じます。
今年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
第7回地域共生ホーム全国セミナー 2015に参加して
去る11月28日29日、富山県富山市でおこなわれた地域共生ホーム全国セミナーに参加してきました。
2年ぶりの富山。前回は山形県議会議員 として、そして今般は介護職(といっても全くのビギナーですが)の当事者として、更に深く現場を共有し合い、また多くを学ぶことができたように思えます。以下レポートを書いてみました。とりいそぎ、どんなフォーラムだったか概要を記録してみたものであり、それぞれのテーマは深く、突っ込んでの考察は次回以降にまわします。全編を通じて、現場と行政施策・制度づくりのホンネがフランクに語られていて、前回同様実に心動かされる内容でした。どうぞご覧下さい。
「地域共生ホーム全国セミナー2015」に参加して ←PDFバージョン
「地域共生ホーム全国セミナー2015」に参加して
デイサービス ハビビ伊勢原 草島進一
11月28日29日、富山市国際会議場で開催された地域共生ホーム全国セミナーに参加した。
会場は富山市国際会議場。12時半の開会の際には、800人定員の会場がほぼ満席で埋まっていた。聞けば長崎県を除く46都道府県から来られていた。2年前の前回は「このゆびとーまれ」が開所して20年記念で、富山型デイの20年を振り返り今後を展望するといった内容。今回は、このフォーラムの実行委員長であり、このゆびとーまれの代表である惣万佳世子さんが、国際的な賞である第45回フローレンスナイチンゲール記章を受与された事を記念するフォーラムだった。
お年寄りも、障がいのある人も、子どもも、みんな一緒。1993年に富山県富山市で、富山赤十字病院で働く3人の看護師が病院を退職して開設したのが民間デイケアハウス「このゆびとーまれ」だ。「いつでも、だれも受け入れ可能。家族のように過ごせる第二の我が家。近所に遊びに行く感覚で、小規模、多機能、地域密着 にこだわったデイサービス。この動きは今や富山県を超えて全国に広がっている。その現場の実態と課題を、当事者、国、県、市の行政、障害、高齢者支援、更には生活困窮、薬物依存、学習障害までの垣根を超えて、語り合い、次の展望を導きだすといった内容だった。
フォーラムは冒頭、実行委員長惣万さんのあいさつにはじまり、富山県の石井隆一知事(3期目)があいさつとして登壇。その後、知事が再度登壇して20分、富山県の富山型共生デイと県の支援内容、現状の課題、これからの展望についてのプレゼンテーションをおこなった。富山県はこの民間デイサービスを共生型福祉のモデルととらえ、県内に200カ所の普及をめざし支援している。
注目したのは、後半、現状の富山型デイサービスの報酬の低さについて「障害支援区分に関わらず基本報酬は一定」「障害福祉サービスの各種加算が算定できない」と理由を現場から受け止め、塩崎厚生労働大臣に要望した(H27.10.15)事が発表された事。現場の声を受け止めて富山県から制度を改善する進化が知事のプレゼンから現れていて、富山県の本気度を知ることができた。
基調講演は、NPO抱僕 理事長 生活困窮者自立支援全国ネットワーク共同代表の奥田知志さん。北九州でホームレス支援を1988年から27年にわたり命がけでおこなってきた方である。聞き覚えのある名前だなと思ったら、戦争法案運動で頑張っているSEALsの奥田愛基さんのお父さんだった。
プレゼンで語られたホームレス支援の話で興味深かったのは、ホームレス問題の現状、今の生活困窮者が抱える困窮には二つの困窮があり、経済的困窮(ハウスレス)と社会的孤立(ホームレス)。特に昨今は社会的な孤立が問題であるということ。人との出会いが物語を生む伴走型支援が実に大切であるということ。地域拠点施設のもう一つの役割としての生活困窮者支援が提起されていた。
1日目の午後は、富山型デイサービスの22年 「フローレンスナイチンゲール記章」を受賞して」惣万さんと内閣官房まちひとしごと創生本部 地方創生総括官 山崎史郎さんの対談。
この中で山崎さんは現場と制度の8の字の関係というプレゼンをされ、又、水平と垂直の関係として外山義さんの著書「自宅でない在宅」の一節が紹介された。「職員と高齢者の関係を見ればわかる。高齢者が一方的にケアを受けるような「垂直の関係」か、ひとりの市民として住んでいる「水平の関係」か、である。」というくだりである。これは最近注目されている「介護民俗学」にも通じる事だなと感じつつ聞き入った。
●「進化する富山型デイサービスの本音を語る 当事者が語る」にぎやかの 阪井由佳子さんがコーディネーターとして、富山型デイサービスを利用している高齢者、障がい者、精神障がいの方々、また看取りまで富山型を利用した利用者のご家族、そしてゆびとーまれや他施設で「はたらくわ」としてA型、B型就労をしているスタッフなど、総勢14名がステージに登壇して、阪井さんに導かれながら、一人一人、利用しはじめたきっかけ、利用の実態、これからの展望など一人一人、本音で語り、会場に笑いと感動が広がった。
50年間精神病院に入院していた方をひきとって在宅介護してい92歳、84歳、3人で暮らし、デイサービスに通っているご家族。精神障がいで12年デイサービスを利用し現在A型就労し、結婚が夢と語るスタッフ、そして 最後に、障がいをもちながら21年間「このゆびとーまれ」で働いているスタッフの誕生日のお祝いを会場全員でおこなった。利用者もスタッフもドラマに富んだ富山型デイサービスの実態がステージの上で本音で披露された。利用者さんあっての施設。人からはじまる福祉を実践してください。と阪井さんがまとめておられた。
● 日本ダルク 代表 近藤恒夫さんの講演では薬物依存症の実際について、経験談も含めて27年間受けた伴奏型支援の話、ダルクの活動の実際について語られた。「依存症の人たちは地域社会の中にいるから再生できる。刑務所にいれるから依存症は再発する。」「社会の中でやれることは社会で。刑務所にいって孤立化したら再生はできない」という話はとても印象的だった。
● 富山ダルクの和太鼓演奏で一日目が終了。
●懇親会は北海道から沖縄まで、全国で富山型デイに取り組む参加者が近況報告し、仮装した富山型デイネットワークの皆さんとともに惣万さんのフローレンスナイチンゲール記章授与を全国からの参加者がお祝いする祝賀会となり、惣万さん自らが歌う歌とともに大変盛り上がった。私自身、山形県から唯一の懇親会参加者として近況報告を行い、惣万さん、山崎史郎さん、大熊由紀子さんらと2年ぶりに再会し交友を深めることができた。
2日目 は9時半からはじまり
●富山型デイの井戸端会議「私たちもんもんとしています」
として富山県内の他、福井、山梨の富山型デイを経営する代表者7名が登壇して現状の課題を語りあった。報酬の課題。制度の課題など本音がどんどんでてくるまさに井戸端会議で、共感する場面では会場から拍手が湧いていた。
●「あなたの周りにちょっと変わった人いませんか 発達障害をうまくいかす」では新潟県の高等学校で共育コーディネーターをされている南雲明彦さん、 富山県ひきこもり地域支援センター 支援相談員 森田頼子さん、
ふらっと代表 宮袋さん
発達障害の当事者である南雲さんに自らの体験を語っていただきながら、県のひきこもり相談窓口の担当者とともに、共生型デイでのひきこもり、発達障がいの取り組みを浮き彫りにするものだった。うつ病やひきこもり、発達障害について、ひきこもり支援の森田さんが富山型のミーティングで飛び込みで参加されたりしたところから交流が生まれ、現在富山型と引きこもり相談窓口との共同の取り組みが始まっている事が紹介された。発達障がいを抱え、ひきこもり状態になっていた若者が、富山型でボランティアをしたり就労しているケースも生まれている。なぜそうなのかといえば、「富山型デイは気持ちが安全安心な場だからではないか」また「うそをつかない」のがいいのではないか。など言葉が続いていた。
その後、ランチョンセミナーとして富山型デイを紹介するビデオを見つつ昼食。
● まとめセッション
「誰もが安心して暮らせるまちづくりを」日本福祉大学 副学長 平野隆之氏、 宅老所・グループホーム全国ネットワーク代表世話人 惣万佳代子氏 富山市市長 森 雅志氏 厚生労働省 年金局 局長 鈴木俊彦氏 コーディネーターとして大熊ゆき子氏が登壇してまとめのセッション。
冒頭、惣万さんが2日間の講演内容になぜ、生活困窮者、ダルクの動き、発達障害の動きをいれたのか。ということについて、これまでは、一つ屋根の下で赤ちゃんからお年寄りまで障がい者、障がい児もいれて過ごす事が富山型の動きだったけれど、地域にはいろんな生きづらい方がいる。そうした動きに対して富山型が如何に取り組むかを提起したかった。と発言された。
共生社会とは、「赤ちゃんからお年よりまで、障害があっても、誰も排除せず、ひとりひとりが輝き、安心して暮らせる社会」「みんなが一つ屋根の下で過ごすことは、私は日本の文化である」と考えている。そして、今般のフローレンスナイチンゲール記章受賞について、「世界が共生デイサービスを認めたということだと思っている」と発言し会場から拍手が湧いた
その後、現状の富山型デイの課題として、●基準該当の報酬が指定の報酬の7割程度であるということや、送迎加算がつかない事を指摘。又、自治体の基準該当の捉え方に差があり、なかなか認められない実例が紹介された(佐賀県、大阪府など)そうした中、「山形県鶴岡市 では高次脳機能障害で3年間自費利用していた24歳の方が鶴岡市にはたらきかけて3ヶ月で基準該当が認められた。頑張れば3ヶ月で基準該当がとれる。これはとてもいい実例です」と私達の事例が紹介された。
大変光栄なことである。又、障がい者の支援実態について、障害者支援法から介護保険に切り替わると年間8万円もの負担増になることについてもテーマになり介護保険や予算見通しの今後などについて議論が続いた。
さらに惣万さんは、「一億総活躍社会」の中で「介護施設50万人分増床する」としながら、「1介護職員の確保の具体策が出されていない 2、職員の賃金の対策が出されていない」ことを問題提起した。
そして今後の日本丸はどう向かうべきかとして、惣万さんは、「1.ハード(箱物)からハート(心)へ。2.人づくり、人員確保に力をいれる、3.国家戦略として「共生デイサービス」を進める。1万人に対し1カ所。町の拠点とする。4.全国の県や市町村に共生型の窓口を設置し、担当課を明示する 5.共生型デイサービスの単独の介護報酬をつくる。としてa.基準該当の報酬のアップ b.送迎等の加算をつける C.基準該当の定義の検討 柔軟に取りくみやすくする が提起され、それを受けて国の今後のプランなどが提示された。
そして結びに「風穴を開けていく」ことが生涯をかけてする私の仕事」と惣万さんが締めくくった。
こうした惣万さんのプレゼンを中心として、平野先生からは、基準該当などの制度の解説や、第二ステージにはいった富山型デイの課題や期待が大いに語られた。
また、厚生労働省年金局長(元社会援護局) 鈴木氏からは、こうし富山型について「これからの福祉の動きを先取りした先進的な取り組み。」「困ったことがあって制度があるという本来の流れを汲む貴重な動き」と評価しつつ、今後の厚労省の政策を発表された。その内容は以下のものである。地域において、誰もが支え合う共生型社会を実現し、人口減少下における効率的で柔軟な事業運営を確保するため、 まちづくりの一つのかたちとして、高齢、障害、児童等の福祉サービスを総合的に提供できる仕組みを推進する。
○ このため、モデル的な事業を実施する中で、そのような手法によるサービス提供のあり方やこれを阻害する規制の 緩和等を検討するとともに、ノウハウの情報提供を行う。と提起されていた。
森富山市長は県議時代に富山デイへの支援を県にはたらきかけていた方であり、「制度はどうであれ、感動する仕事をせい」と新人職員に語りかけていたと惣万さんが賞賛し、「制度を超えたところにある正義の実現が大事なんだ。」と語っていた。又、富山市独自に、生活保護世帯の子供や児童養護施設に入所している中学生たちの支援をおこない、今年大学生や専門学校生になった事を紹介し、満場の拍手が起きた。この制度については以下(市長のエッセイより)
*「富山市学習支援事業」生活保護世帯の子供や児童養護施設に入所している中学生などを支援するため、家庭相談員が家庭などを訪問し相談・アドバイスをするとともに、学習支援員(教員OB、大学生)が学力や実態に応じた個別指導を継続的に行っているのだ。(なお、全国的に、生活困窮者自立支援法により平成27年4月から同様の事業が展開されることとなった)そしてもう一つが、「富山市福祉奨学資金給付事業」というものである。これは、先に述べたような環境にある子供たちが高校卒業後に介護・福祉・医療などを志して資格取得のための学校に進もうとする際に、入学準備奨学資金として30万円以内を、学費奨学資金として年間50万円以内を、生活奨学資金として月額4万円以内をそれぞれ支給するという内容である。進学する学校は県内の大学・短大・専門学校としており、保育士・看護師・准看護師・社会福祉士・介護福祉士・理学療法士・作業療法士などの資格を取得後に県内の福祉事業所で働く意思のある者を対象としている。学費などは市から学校に直接支給し、生活費は本人に支給する仕組みとなっている。なお、この奨学金は将来の返済を不要としている。また保証人も求めないこととした。財源はこの事業に賛同いただいた方からの寄附金を充てることとしている。
●プログラムの最後には壇上に共生デイ実行委員が壇上にあがり、富山県民歌を合唱。惣万さんの「いい介護をしよう。いい仲間をつくろう。みなさんも仲間になってください」の一言、満場の拍手で終了となった。
(考察・感想)フローレンスナイチンゲール受賞も契機として共生型デイサービスは国際的にも認められ、富山県はこの民間モデルを積極的に支援し続け、制度を次々と進化させている。共生型の地域づくりは国も掲げ、それを目指す上での富山県をモデルとして国の制度に取り入れ、されに今後の人口減少、超高齢化社会の福祉拠点施設として支援内容が検討されはじめている。それを実感したフォーラムだった。共生型デイをなんとか自分の地域で実現させようとしている全国から800名集まった方々と問題を共有でき、交流でき、大変多くを学ばせていただいたと思う。
「制度はどうであれ、感動する仕事をせい」と新人職員に語りかけ、「制度を超えたところにある正義の実現が大事なんだ。」と語る富山市長。又、「風穴を開けていく」ことが生涯をかけてする私の仕事という惣万さんの姿勢に感銘を受けたし日常の現場をもちつつ制度を変えていく事の重要性を改めて感じさせられた。富山に限らず心ある行政マン、また全国の心ある事業者と更に交流を深め、自らの現場を進化させ、共生型デイや地域の福祉拠点として充実できたらいいのではないかと考えている。
今般改めて研修派遣頂いた事に感謝申し上げます。ありがとうございました。
実行委員長 惣万佳代子さんと
ホームレス支援 抱僕 奥田知志さん 山崎史郎 まち 人 しごと 創世本部 総括官 山崎史郎さんと。
富山の皆さん、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしく。