月別ア―カイブ: 10月 2010
渡辺一雄先生のフィランソロピー論に自分の原点を省みる。
元、三菱セミコンダクターアメリカの社長 で、東大病院などの病院ボランティアなどを立ち上げた、渡辺一雄先生のお話を聴く機会を得た。
企業戦士だった渡辺さんが、45歳の時、アメリカのダーラム市で、三菱セミコンダクターアメリカの社長として赴任していた際、はじめは、社会参加の意味がわからず、地元のNPOへの寄付にも感心がなく、ケチの日本の会社」というイメージでとらえられていたのだが、全米少年野球の大会で、急遽、スタジアムのまんなかで、アメリカ国家を独唱ことになった。緊張してなかなか歌にならない渡辺さんだったが、少年たちが、応援して歌い出し、スタジアム全体が歌い、大合唱になった。そこから、フィランソロピーや企業の社会参加、に目覚めた。と言う話を、とても生き生きと、実に当時の場を再現して話してくださった。「そのとき、ああ、俺は、今、生きている、うれしい。」という実感をもった」とまるで少年のようにお話してくださったのだった。
→ ネットでぐぐったら、渡辺さんご自身の手記にこうあった。
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私自身もかつては営業の鬼と化していた時代があったが,四十五歳の時,三菱セミコンダクターアメリカの社長として米国ノースカロライナ州に転勤してから組織の中に生きる人間のあり方を考え,従来の行き方を転換した。しかも,最初はどのように会社人間から社会人間に転換してよいか分からなかったが偶然起こつたある事件で変わることができた.
それは私の住んでいたダーラム市で少年野球大会に引き出され,突然,スタジアムでアメリカ国歌を独唱させられるはめになり,苦しいながらも歌いだしたら,スタジアムに参加していた全員が大声で歌いだし,大合唱になつた
それがテレビで放送されてから,ダーラム市民の私,及び私の会社に対する見る目が変わり,私共を心から友人として,かつ,企業市民として迎えてくれるようになった。その時分かったことは社会貢献とは金銭を寄付するだけでなく,市民活動に参加することだ。その結果は気持ちのよい感動が残るということであった。
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お話の中で、渡辺さんは、行政セクター、企業セクター、そして第3のセクターとしてのフィランソロピーセクター(ボランティアセクターとも)が必要ということを強調された。そして、寄付税制があってはじめてそのフィランソロピーセクターが強くなれるのだということ。そして日本はまだまだだということも付け加えていた。
お話の中で、もうひとつ、このフィランソロピーセクターは、民間が公益のために社会貢献活動を非営利・非行政の立場から行動すること」を指し、行政をチェックしバランスをはかる市民オンプズマン(監視人)も重要な要素なのだということを強調されていた。要は、民主主義を成立させる事が公益であり、市民セクターの大きな役割なのだということにも触れておられ、大いに共感した。
終わってから、「僕自身、まさに被災地の神戸で、生きているという実感を感じ、それが転機となったという事」や、「米国のNPOは、たとえ行政に反する市民運動をおこなう団体であっても、寄付控除がうけれる、」ということ。三菱電気というと、環境NGOの文化に感化され、新しい道を歩み出し、一昨年スウェーデン取材にご一緒した木内孝さんを思い出したということをお伝えすると、お仲間との事。ーーなどなどでしばし盛り上がった。
私自身、改めて僕の原点を省み、次を考えるひとときとなった。
自分の経験も、きちんと伝える必要がある。と感じた。
講演会開催のためにご尽力された皆様に感謝いたします。
姫野さんと住民投票運動
姫野さんのブログに住民投票運動の本質が描かれていた。ここに記す。
ふるさとの将来に対する住民の直接の意思表示は根元的でおもいものだ。理屈抜きに誰からも一目おかれる。それ は相手が国であろうが変わりはない。ふるさとには千年二千年のひとと自然の営みが、愛憎の記憶とともに詰まっているので,国とはいえ無視することはできな いのだ。かといって下手にさわれば祟られる。中央集権思考にとってはまことに始末が悪いのである。
「住民」という存在の重さと強さはこの一点に あるといってよく,住民投票の本質もまたここに凝縮されている。それはテーマに賛成か反対かという枠組みとは違う新たな枠組み,住民自身で町の将来を考え るべきか否かという新たな枠組みが生まれる,ということである。それは強い共感を呼ぶ。住民たちがふるさとの未来を真剣に考えて一票を投ずるのをみて,だ れが軽々しく批判できるだろうか。
ボイコット運動はそれを否定しようという運動である。やるならやってもらえばいい。徳島がそうだったように, 住民投票運動が純粋でありさえすれば,ボイコット運動はやればやるほどその卑劣さが市民に伝わっていくものである。卑劣であればあるほど市民のプライドは 目覚める。目先でなく将来を考える。住民は学習し民度は確実に一段上がる。それは必ず投票率に跳ね返ってくるものだ。
住民投票運動の恩師 姫野さんへ。
川仲間のみんなが今週日曜日の行方不明の翌日からずっと捜索を続けていた姫野雅義さんが昨日遺体で発見された。
以下、毎日新聞より
動堰反対リーダー死亡:「大黒柱が…」「信念継ぐ」 仲間ら、悲報に衝撃 /徳島
◇懸命の捜索実らず
吉野川・第十堰(ぜき)の可動堰化計画を巡る市民運動で長年、リーダー格として活動し、3日に釣りに行ったまま行方不明となっていた姫野雅義さん(63)=石井町藍畑=が7日、海陽町の海部川で遺体で発見され、関係者に大きな衝撃が走った。住民運動の仲間や親交のあった人たちからは、運動をリードした人柄の良さをしのんだり、早過ぎる死を惜しむ声が相次いだ。【深尾昭寛、井上卓也、山本健太】
捜索は4日以降、警察や消防のほか、姫野さんが設立にかかわった「川の学校」のメンバーらも加わって続けられ、7日も早朝から開始されていた。
釣りが趣味だった姫野さんは、運動にかかわったこの20年弱、釣りをしておらず、最近になって再開したばかり。不明になる前日の2日夜も、仲間に「昨日はアユ釣りに」と笑顔で話したという。
今年5月に解散したNPO「吉野川みんなの会」の代表理事で、同町での捜索活動に加わった豊岡和美さん(48)は「再開した矢先にこんなことになるなんて……」と肩を落とした。同じく捜索に加わった徳島市北田宮2、会社員、石川富代さん(63)は悲しみの一方、「海まで行っているかもしれないと話していたので、ほっとした」とも話した。
悲報は、各方面に衝撃を与えた。木頭村(現那賀町)で同じように国のダム建設の計画に反対した元村長の藤田恵さん(71)は「全国の住民運動の大黒柱が倒れた気がする。まれな人をなくした」と悔しがった。
長く行動を共にし、活動をきっかけに99年に徳島市議になった村上稔さん(44)は「すべてがまだ信じられない。姫野さんの信念だった川に住民の声を反映させるという思いを引き継ぎたい」。住民投票条例の直接請求で姫野さんと一緒に請求代表者を務めたプランナーの住友達也さん(53)は「意志の強い人だった。やめようとか違う方向を考えようとした時も、引っ張ってくれた」と惜しんだ。
姫野さんは9、10両日に滋賀県栗東市などで開催される「水郷水都全国会議」の大会にも参加予定だった。大会の実行委員の小坂育子さん(62)=大津市=は「青天のへきれき。川の神さまが連れて行ったのでしょうか……」と悲しんだ。
◇吉野川愛し、運動の先頭に 住民投票実現に尽力
亡くなった姫野さんは石井町出身。約260年前に吉野川に造られた人工の堰・第十堰の近くで育った。90年代初め、可動堰が造られる計画を知り、「これ以上、川をいじられるのは耐えられない」と、仲間と計画を疑問視する勉強会を始めた。穏やかな人柄ながら、川に対する人一倍強い思い入れで、当時、計画に関する情報公開をしぶった旧建設省の追及の先頭に立った。
98年6月に同省の審議委員会(第三者委)が第十堰の可動堰化にゴーサインを出すと、反発する市民らとともに「川をどうするかは川にかかわる住民が決めるべきだ」と計画の賛否を徳島市民に問う住民投票の実現を模索。同年9月に発足した「第十堰住民投票の会」の代表世話人に就き、投票条例を直接請求するのに必要な10万人分の署名を集めた。
国の公共事業の是非を問う全国初の住民投票は00年1月23日に実施され、計画反対票が9割超を占めた投票結果は、その後の計画白紙化に大きく影響。運動の中心人物としてメディアに取り上げられることも多かった。
住民投票後も、可動堰によらない第十堰保存を目指すNPO「吉野川みんなの会」の代表理事などとして活動。04年4月の徳島市長選に立候補した(結果は落選)。今年3月に、前原誠司国交相(当時)が可動堰の中止を明言して以後、川の環境や文化の保護などを支援するための活動に軸足を移そうとしていた。【井上直樹】
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姫野さんは、吉野川の可動堰を住民投票運動でストップさせた方だ。2000年1月23日におこなわれた吉野川の住民投票の際 には数日だったが、僕自身、現場にはいり、「投票に行こう 」ボードをもってつじ立ちをしたり、一軒一軒住民をまわり、投票行動を促したりなど、微力ながら参画させていただいた。姫野さんは連日街宣カーで演説をしながら、毎日事務所にファックスを送り、みんなを励ましていた。多くの人が姫野さんを慕って事務所に集まり、フルコミットメントしていた。まさにその運動は、可動堰に住民が投票でNOをつきつけることとなり、この国を政治の根本を揺り動かした。
姫野さんに初めてお会いしたのは長良川河口堰での集会だっただろうか。吉野川の運動は、情報の徹底的な公開と住民投票が特徴だった。まずは住民の多くに考えてもらうこと、そして「大事な事はみんなで決める」 ということを実践すること。そうすることで、官僚の手から市民の手に川をとりもどす。そうした信念が貫かれていた。「川の問題は、まず、情報が不透明でまず住民に本当の事が知らされていないこと。それが一番の問題だ。まずは徹底的に情報を開示させて、みんなでそれを考えるしくみをつくること。役所まかせでなく、住民投票で自分が判断しなければならないと感じてはじめて住民が当事者意識をもって物事をきちんと考え始める。署名ではなく住民投票によってはじめて流域住民の意思が確認できる。「大事なことはみんなで決めよう」という運動が、結果的に川を救う事になる」と姫野さんは力説されていた。
僕はこの吉野川の住民投票の活動に参加をし、鶴岡の水の問題こそ、この吉野川の問題同様、市民がその実際をよく知り、今後の行方をみんなで判断することがまさに必要だと考え、まさに、この吉野川の住民投票運動の詳細を大いに参考にして、鶴岡の広域水道の受水の是非を問う住民投票運動の骨格を組み立てていった。だから姫野さんは、鶴岡の住民投票運動の恩師といっていい。全国集会などでお会いする度にいろんな事を教えて頂いた。
とにかく情報を開き、住民が参加できる仕組みをつくることの重要性を説いていた。そしてそれを河川行政にもとめるのと同様、運動自体も信念を貫きつつもみんなの多様なアイデアを大事にしながら、進められていた。あるとき訪れた際には、新しい集いの場ができ、そこで鰹のたたきを囲んでわいわいやりながら、川の事を話していたが、 どんどん新しい仲間達が増え、常に進化し広がりをみせていく活動に、いつも「凄いなー」と思ったものだ。
住民投票運動により吉野川可動堰建設計画は白紙となり今年にはいって前原大臣の下で中止が決定してまもなく、こんな訃報を聞くことになるとは。まだまだ姫野さんには教えて頂きたいことがたくさんあったのに、非常に残念だ。
親友の村上市議とともに、姫野さんの遺志を引きつぎ、日本の河に本当に住民の声を反映させ、これ以上の川の破壊を止める。一握りの人たちのためにしかならなかった公共事業を、本当に住民の為の持続可能な社会をつくるための事業に転換する。それを貫いていきたいと思う。
姫野さんは、吉野川の住民投票運動を通じ、結果、吉野川を河口堰(ダム)から守り、日本の川の民主主義を、いや、日本の民主主義を大きく進化させた市民活動家。その偉業とこれまでのご指導に深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
姫野さん、天国から僕らのこれからの運動を見守っていて下さい。
生物多様性ーデビッドブラウアー氏、山下弘文氏の遺言を受け止めて- 1998
本日は雨の中、八文字屋の前に立つ。情報公開が進まない鶴岡市政の問題。公共投資のあり方。合併特例債を「あれかこれかの視点で考える」など、諸々訴えました。7時40分から8時50分ぐらいまで。
生物多様性会議間近ということもあり、改めてwaterwatchnetwork の私たちがFOEらと一緒に1998年に主催した「地球のヒーロートーク」をUSTREAMにアップデートしました。
これは、米国の環境保護運動の父といわれるデビッドブラウアー氏がブループラネット賞受賞のために来日した際、日米のNGOを集めての集会を代々木の国際会議場でおこなったものです。その年、僕がちょうど米国NPOにインターンしていた際にミッションをいただいて、FOEのランディヘルテン氏や、ASEEDの羽仁カンタ氏、映像のBamboo氏、音楽家の岡野弘幹氏、デザイナーの善用寺氏と力を合わせなんとかかんとか実現した国際会議でした。
自然生態系の破壊、生物多様性の問題について全く意識のなかった1930年代の米国で、ダムの問題をたった一人の運動からはじめ、グランキャニオンダム建設を止め、米国の国立公園制度、世界遺産制度のきっかけをつくったデビッドブラウアー氏。又、諫早湾干潟の問題で、これもたった一人で真正面から問題を指摘し、運動をつくりあげていった山下弘文氏。彼らの姿勢と、そうした行動を興す原点となった少年時代の教師との出会いについてなどが語られています。
ぜひご覧下さい。
http://www.ustream.tv/recorded/10002745
二人とも、故人となられましたが、天国から私たちの行動を見守ってくれていると思います。
10年前の映像ですが、今とらえても実に重要なメッセージを頂いていると思います。
なお、今、この映像のデビッド氏の発言などを和訳をし、もっとよりわかりやすい形で提供できたらと考えております。お手伝い頂ける方はいらっしゃいませんでしょうか。
又、当時、デビッドブラウアー氏は、この来日の際のブループラネット賞受賞記念の講演で「生態系修復の経済」について言及されています。
この際に地球上の生命の自然法則としてNatural Step ナチュラルステップ について触れ、その意義を諭してくれています。
ちょっと当時の講演から一部を引用してお伝えしたいと思います。
ーー以下引用 1998ブループラネット賞受賞記念講演より 旭硝子財団。
地球環境を考慮したビジネスの進化-「修復型経済」への積極的な参加を
「新しい経済」における環境NGO の役割は、時代と共に変わるでしょうが、消費者と企業に情報を提供
するという基本的な役割は今後とも続くでしょう。多くの企業はいまなお、インターフェース社や三菱電
機、その他先進的企業の画期的方針から、はるかに遅れた地点にいるのです。
企業が、エコロジーの知恵を十分理解し企業活動に活かすならば、環境原則に厳しいNGOの人々が、企
業にとって自分たちの同盟者であるだけでなく、利益を生む機会をたくさん持っている人たちであること
が分かるでしょう。
NGO の人たちもまた、私たちの社会をもう一度人々の要求を充足させる場にするために、企業と共同で
取り組むという新しい役割を持つことになるでしょう。私たちが浪費型のライフスタイルをやめるべきだ
とすると、その空白を埋めるものは何なのでしょうか。もし皆さんに、あなたの人生で一番大切なものを
1つ挙げて下さいと言ったら、私たちの人生における喜びと充足感のもとになっている親密な関係を共有
している友達と家族、と答える人が多いと思います。私たちは、幸福の最大の源であるこのことに、どう
してエネルギーを注がないのでしょうか。
私たちが自慢すべきは、抽象的な経済目標などでなく、現実の心温かい関係を育むことではないでしょうか。「修復型経済(Restorative Economy)」に移行するとき、人間の心の目標と経済目標は同じひとつのものになります。私は環境保全の分野で様々な成功にかかわってきましたが、そこから得ることができた喜びは、友達や子供たち、孫、そして55 年連れ添ったわが妻から受けてきた充実感に比ぶべくもありません。これこそ私たちに必要な“成長”――愛と連帯から生まれる“成長”なのです。これはまた、関係するすべての人達の美しさを本質的に増幅する成長のあり方です。
私の86 年間の人生経験、「ナチュラル・ステップ」とその他の地球上の生命の自然法則に照らし合わせるとき、こうした人間的成長に限界はないことがよく分かるのです。
環境問題が示している地球の危機は、いまこそ階級、人種、国籍、年齢、性別を乗り越えて、人類のグ
ローバルなコミュニティとして私たちが行動する好機であることを示しています。私たちは全員が1つの
宇宙船地球号に乗っているのであり、この宇宙船は乗り換えも利かなければ、停車駅もなく、決まった行
く先もありません。そこに乗っている人は乗客ではなく、全員が乗員なのです。
私たちは地球の諸問題解決のために協力し合うとしても、すべてのことに同じ意見を持つ必要はありま
せん。意見の異なる人々を支配する必要も軽んじる必要もなく、異論を唱え、あるいはまったく違った見
解を共有するような能力を培っていかねばなりません。イノベーションと多様性のためには、賛否両論が
必要です。しかし協同と安定のためには、相互に尊敬し合わなければなりません。
生態系が、例えば草原から熱帯雨林へと発展したように、人間の社会も複雑性と相互依存の度を深めて
行くでしょう。熱帯雨林で生きるためには、競争より協力の方が大切です。競争がルールとなり得るのは、
より単純な生態系の場合です。今日の社会や組織に広がる支配や階級制といった原始的とも言える社会構
造に、今後もますます多くの資源を投入し続けるとすれば、明るい未来への進路も閉ざされてしまいます。
ビジネスと地球と人間の精神のためのCPRを実践するには、謙虚であることを学ばなければなりません。
私たち人間は、地球上の生命体としてはむしろ新参者です。人間は進化の頂点にいるのでしょうか。それ
とも友人のバーナデット・コザルツがかつて言ったように、「人間は地球上で一番若い種に違いない。なぜ
なら人間を除くすべてのものは、何をどうすべきか知っているらしいから。人間が地球上に存在するのは、
学ぶためであって、教えるためではない」のでしょうか。
私たちは自然から学ぶときでも、人間の精神を信頼しなければなりません。そして人間の精神を最も良
く
ダムが日本を滅ぼすー今本博健 先生の記事
朝日新聞、大阪版で、5年ほど前から大変お世話になっている、今本博健先生の著書「ダムが日本を滅ぼす」についての記事が掲載されました。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001010010001
ムダなダム 一刀両断
2010年10月01日
写真
著書「ダムが国を滅ぼす」と今本博健さん=大阪市北区
国の諮問機関・淀川水系流域委員会の元委員長で、ダム計画を「ダム偏重」として批判している今本博健(ひろたけ)・京大名誉教授(72)=京都市左京区=が、全国のダム問題について記した初の著書「ダムが国を滅ぼす」(扶桑社)を出版した。「週刊SPA!ダム取材班」との共著となる。
今本さんは専門の河川工学の見地からダム問題に取り組んでおり、大阪府の槙尾川ダムの有識者会議では委員を務める。ここ数年は全国のダムの予定地を回った。「いかに世の中にいらんダムがたくさんあるのか、と思った」。治水の専門家として一つも必要だと思えるダムがなかったという。
ダム建設に反対する住民とも交流し、住民側の変化を感じた。「昔のダム反対団体と言えば、環境偏重か政党絡みばかり。ここ最近は普通のおばさんらが参加している。すそ野が広がった」。淀川水系ダムや八ツ場ダム(群馬県)問題などで一般住民の意識が高まってきたタイミングで、著書の出版を決めたという。
今本さんは著書で「いかなる洪水に対しても住民の生命と財産を守る」という治水の使命を強調する。一定の範囲内で起きた一定限度の洪水を封じ込めるダムに重点を置いても、予想外の洪水が起きたり堤防が切れたりしたら、壊滅的な被害を受ける、としたうえで、「ダムによって真に水害の発生を防止し得た例は皆無と言っていいほど少なく、逆に、ダムがありながら壊滅的な被害になった例は枚挙にいとまがない」と指摘し、堤防補強と避難対策を最優先にすべきだと記した。
2章以降は、全国的な注目を集める八ツ場ダムや予定を上回るスピードで土砂がたまっている二風谷ダム(北海道)の現状を紹介。大阪府が計画する安威川、槙尾川の2ダムや、淀川水系の川上ダム(三重県)、民主党のダム政策についても手厚く取り上げており、末尾には全国で計画中のダム事業の一覧データも盛り込んだ。
京大防災研究所長も務めた今本さんには、国や地方自治体でダム事業を担当している教え子も多い。「人の命を守るには、ダムより先にやるべきことが多すぎる。ぜひ、ダムにこだわる国や都道府県の河川管理者にこそ読んでほしい」と話している。四六判、327ページ。1400円(税抜き)。
ーーーーーーーーーーーーー以上引用。
この本は、まさにダム問題の真実が描かれていると私は思います。
今本先生には、これまで5回ほど山形にいらしていただき、穴あきダムの問題点などについて、非常に丁寧に説明をしてくださっています。
2008年の緊急フォーラムの際の動画。
http://homepage.mac.com/stern8/iMovieTheater48.html
また、この本の中には、最上小国川ダムの問題についてもとりあげていただいており、僕も情報提供をおこないました。
今本先生は
穴あきダムは環境にやさしい などということは欺瞞にすぎない。穴あきダムを口実に建設を強行することは、「歴史的愚行」にほかならない。と説いています。
ぜひ、県の関係者。自然と清流が大好きなみなさん。また、地元の土木建設業関係者の皆さんにもぜひお読みいただきたいと思っています。これまで旧来のまさに政治主導で作られ続けてきたダムの真実の姿とは。本当に地域に貢献する公共事業とは何なのか。おわかりいただけるはずです。
鶴岡市合併5周年。課題は真の協働のための情報共有。
本日、10月1日で合併から5年たちました。
昨年の議会等でも指摘したことですが、(昨年は平成19年度の資料でしたが)平成20年度の財政比較分析表を提示します。
http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020022/zaisei/zaiseizenpan/zaiseihikakubunsekihyoh20.html
これでみても鶴岡市の財政力は0.46で類似団体39団体中38番目です。
合併は行政改革だ。と当局は、合併の際によく言っていたものです。合併によって、事業の削減と、要は職員のリストラをする。それが、改革そのものだとの主張だったと認識しています。
しかし、僕は、合併を通じて、「あれもこれも」から「あれかこれか」の選択をしていくことや、新たな総合計画も行政評価手法を組み合わせたかたちでおこなうなどの事、そして情報公開、共有を徹底的にやって「協働」のしくみを構築をしないと本質的な行革にならないと主張し続けてきました。
この間、人口減少に転じる自治体の多くで、「行政評価」手法をとりいれたり、「事業仕分け」をおこなう自治体がどんどんでてきています。僕も「行政評価」のいいだしっぺの上山信一さんが主宰するフォーラムなどに参加し、そこで学んだ知見から議会で提案をするなどをしたものでした。しかし、富塚市長の下では、今、全国の多くの自治体がチャレンジしている本質的な行革は進まなかったように思えます。
先日、全国オンブズマンでおこなった情報公開ランキングでは、鶴岡市は県内で最下位という不名誉をいただきました。随意契約を結んだ相手の選定理由を「未公表」としています。請求を「住民のみ」とする。など、こうしたことも以前からほとんど改善されずに、今回の結果となっています。
http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20100904ddlk06010024000c.html
今、議会では文化会館をどうするか。という課題が提示されています。合併して5年がたち、あと5年の合併特例期間の内に公共投資をどうするか。合併特例債で何を優先順位としておこなうのか。いよいよ迫られてきています。
今般の9月議会を傍聴しても、「相変わらずだな」と思ったのが、当局がそれを問われたときに「庁内で調整する」という発言でした。それを受けた議員も、それで納得するような姿勢だったので僕は疑問をもちました。このことこそ、今、問われなければならないと思うのです。
限りが見えてきた合併特例債で何をするか。相変わらず慶応先端研やバイオベンチャーに市税を注ぎ込み続けるのか。それとも文化会館の改築、改修に投資するのか。持続可能な社会形成のため、また地域で循環する経済をつくるため、低炭素社会のインフラ整備に投資するのか。合併町村の希望をどれだけ叶えるのか。
その優先順位の決定には、今一度、それらをテーブルに全部あげて、その「あれかこれか」の判断は、市民が徹底的に参画して意志決定されるべきだと思うのです。その際には、オープンな場で第三者的な仕分け人もともない、行政側が説明責任をはたしていくような、「事業仕分け」をともないつつ、今後の公共投資を精査する。など、新たな仕組みも必要に思えるのです。
これまで、市の事業は特に、決定についても、プロセスの過程も密室でおこなわれることが多かったと思います。できあがってから「え、そんなところにこんなものが!?」という事業を僕らはいくつも見てきたのではないでしょうか。T氏のモニュメントや橋も然り、つりバカ会館、そして、藤沢周平記念館もいまだに場所の選定などに疑問符がついています。市民参画の議論やプロセスが不十分なまま、進められた結果でしょう。
思えば 、僕らは10年前に「自分たちが支払って、飲む飲み水ぐらい、自分達の声で選択しよう」
と、月山ダムからの受水の是非を問う住民投票運動をおこないました。月山ダムと広域水道事業については、市民への説明責任が十分に果たされずにその事業が遂行された象徴的な事業だと私は感じています。
。市民が直接支払う水道料金に重大な影響を与えかねない要素である水需要予測と実際のズレが大きかったことや、今後の人口減少時代に、訪れる危機について、しっかりと議論されず、説明も十分におこなわれず、根本的な解決策がとられませんでした。そればかりか、自分達が正しいとばかり、主張して疑問の声を寄せ付けないまま、以前からの事業を粛々とすすめたのでした。
結果、料金2倍、水質低下の水道水という事を招いています。そして更に今後、更に人口減少した際には延々と市民の水道料金をあげざるを得ない、大きな矛盾と破綻の危機を孕んだ事業となっています。
あのときの住民投票の署名運動は、今思えば、本当に大変な、しかし、このダムと広域水道の構造的な欠陥問題を全国に提起した、大いに意義のある運動でした。実際に大変だったのは市民と市民との対立と古い体質の政治との闘いでした。署名活動で訪問していると、党の立派な広報カーがあらわれて「署名をしないでください」「ダムの水はおいしい」と宣伝がおこなわれていました。きわめつけは、直接請求署名を集約する受任者の名簿を役所が公開をし、それに自民党議員たちが圧力をかけるという行動です。今も鮮明に覚えていますが、なんとも恐怖さえ覚える事態でした。ちなみにこれと同様の事をおこなった四国の大州市は、裁判で訴えられ違法と判断されました。
住民投票の署名活動を下に開かれた臨時議会の際の市長答弁、運動した市民に対して「反社会的行為」と指摘した言葉には、ああ、この市の民主主義はどこかにいっている。と改めて感じたものでした。
さて、これらの事はあらためて整理してみなさんにお伝えしていきたいと思うのですが、そうした、とにかく鶴岡市政では、「決めるのは役所」「議会は追認機関」「疑問をもつ市民は少数派だから仕方ない」という姿勢がずいぶんとまかりとおっていたように思えます。
合併特例期間を過ぎると30億円予算が減る。合併したとて年間1000人ずつ人口減少。これがわかるようになってきた今になって、財政難をのりきるためにも、官民の協働。という言葉をこの市でも聞くようになってきました
だとしたら、今のような情報共有のままではダメなのだと私は思います。
この市は、市民から住民投票運動をおこされるほど、大型公共投資事業の際の情報公開、情報共有、プロセス開示、説明責任の果たし方、意志決定のあり方に問題があったのだという反省にたって、役所の意識をかえる。そのことが今、必要なのではないかと思うのです。
合併から5年。今こそ、政治がきちんと仕事 を果たす時。
また政権交代をした国、県の政治も、覚悟をもってこれまでのダメなところを変えていかないといけません。
今のままでは持続不能な日本。
真に持続可能な社会づくりを鶴岡で、山形で叶えるために、僕は、政治をあきらめません。
先日、改めて湯殿山の瀧に打たれ、新たな生命力を頂きました。
神戸の3年間、人を救う事に喜びを覚え、その気持ちのまんまで、公共事業の問題、地域の問題解決や活性化に日々取り組んできました。
被災地のがれきの中で、笑顔を生み出す市民の絆の力。社会の問題解決のための全国、世界中とのネットワーク。もちろん、多くの声をお寄せ頂いている市民の皆さん。すべてが私を突き動かす力です。更に一歩。私も根底に今の社会の矛盾や理不尽への義憤をかみしめ、それを変革すべく、前進して参りたいと思います。
我は今、力と勇気と信念とをもって甦り、新しき元気をもって、正しい人間としての本領の発揮と、
その本分の実践に向かわんとするのである。
我はまた、我が日々の仕事に、溢るる熱誠をもって赴く。
我はまた、欣びと感謝に満たされて進み行かん。
一切の希望、一切の目的は、厳粛に正しいものをもって標準として定めよう。
そして、恒に明るく朗らかに統一道を実践し、ひたむきに、人の世のために役だつ自己を完成することに、努力しよう。
(中村天風 甦りの誦句より)
市制施行記念日 合併5周年に。 草島進一
1万人ヒアリング 始動!
合併5年、水源切り替え9年、慶応先端研10年。等々 1万人の市民の皆さんの声を伺って参ります。どうぞご協力のほど、よろしくお願いします。